完全に知らなかった

僕たちはわかりあうことができない

19才のハチミツ

花を贈ろうと思った。

クリスマスの夜に花束を贈ることは、なによりうってつけに思えたのだ。

19才の僕には、花屋は高校へ向かう道の途中にある一つだけで、それより他には存在しなかった。今では近所を歩くだけで七軒は見つかる花屋だが、当時はそんな様子だった。

その頃の僕は、それから先もその一つだけで、ずっと生きていくつもりでいた。

 

地元の冬は風がいつまでも強く、それは18の僕と比べても何ら変わらなかった。ただ自転車に乗ることが、少し下手になっていた。

世界でただ一つの花屋までは12kmの半分ほどあり、その12分の1ほど進んだ頃に、12kmの3倍ほどに感じられた。

僕はハチミツのことを考える。ミツバチ一匹が生涯で集めるハチミツの量はティースプーン1杯分ほどらしい。また素となる花の種類によって味や香りは変わるらしい。

ミツバチが世界中にどの程度の範囲で暮らしているかは知らないが、きっとそれぞれの国の、それぞれのハチミツの記憶があることだろう。

花畑を飛び交うティースプーンたちへの感情もまたそれぞれあることだろう。

 

そうして飛ばされそうな向かい風を越えて、花屋にたどり着いた。

3000円かそこらを店員のおばさんに渡して、花束を作ってもらう。

なんとなく作る手元を見ることに罪悪感を感じた僕は、店内の名前も覚えるつもりもない花を見回す。クリスマス時期はバラが高くなるのよ、なんて話を聞きながら、待つ。

出来るだけ立派に見えるように作ったわ、と言われながら、目を逸らして受け取った。

 

帰り道のことは少しも覚えていない。それが日が暮れたせいなのか、あるいは追い風のせいなのかは、わからない。

 

寝静まったリビングのテーブルに花束だけを置く。出来るだけ立派に見えるように置く。

カードを添えるには、素敵な紙も、ペンも、言葉も持ち合わせていなかった。

 

翌朝の寒い部屋で「ちゃんと手渡しで貰いたかった」と不機嫌そうに母は笑っていた。

あの花束から採れるハチミツの量は、どれほどであっただろうか。

あの花束から採れるハチミツの味は、どんなものであっただろうか。

僕の生涯で生み出せるもののなかで、どれほどの価値があった花束だろうか。