完全に知らなかった

僕たちはわかりあうことができない

見た目記念日

雪の降らない街にでも、ときどきは雪が降る。

 

やることがないあまりオタクになった。

決まった曜日に決まった雑誌を買って、決まった日付に決まった漫画の単行本を買う。

決まった曜日の決まった時刻にテレビの前に座る。やらなくてはいけないことが欲しかった。

毎日が何かしている気持ちになる方法を、他に知らなかった。

そうして何年か経って、通う学校が変わる頃に、自分にオタクの才能がないことに気づいていた。

その当時までは、全員がスポーツに打ち込む若者にはなれなくても、誰にでも恋愛に燃える青春は手に入らなくても、オタクにはだれでも等しく平等になるチャンスが、才能が、能力が、あると信じていたのだった。

ある夜、積み上がったVHSたちの中から、いらないテープを探している最中に、全てがいらないんだと気づいた。この全てがいま目の前から消えても、壊れても、燃えても、全く少しも一切悲しむことはない。この中に、この部屋に、自分に、大切な物は何もなかった。何もなかった。

彼ら彼女らが本気で、好きな作品を繰り返し何度も何度も見ては新たな発見をし、熱中を捧げていることを知ったとき、作者に憧れ、尊敬し、近づきたいと願っていると知ったとき、それらの世界に焦がれ、「向こう側」を見つめていると知ったとき、自分は仲間になれないとわかってしまった。

そのきっかけが同じように逃避であっても、自分はきっと同じようにはなれない。

オタクの才能がある連中が羨ましかった。そんな風に繋がり合ってみたかった。

少し変わった趣味を持った自分に酔ってみたかった。キャラクターたちに恋をしてみたかった。

痛い思春期を過ごした思い出だって、誰にでも手に入るわけじゃない。

取り返しの付かない無駄遣いだって、誰にでも出来るわけじゃない。

 

惰性で伸ばしていた髪を切って、東京に来てからの数年で、彼氏もできた。

憧れることに諦めていることを忘れていた日々が、こんなにも簡単に手に入ってしまった。

今では、誰かのために卵を割った日々が過ぎて、また自分だけのために卵を割るようになっても、これが今だけのものだと、信じられるのだ。

そうして古いアニメの再放送を見ながら、甘いものが好きなフリをして笑っている。